中国:満州事変勃発記念式典 日中記事比較

18日は中国人が独立と解放に目覚めた日と位置づける記念日で、中国各地でイベントが開かれた。中国側の記事では『中華民族が日本に独自で勝利・復興を遂げ、今や各国の注目を集めるほどの技術大国。主権と領土が二度と脅かされないように、軍備増強の決意は揺るぎない』と主張しているようにとれるが、日本メディアは反日行動を政府が抑え込み、冷えた日中関係を改善する努力していると強調。




柳条湖事件80周年式典開催=日本国旗を燃やす若者の一団も―遼寧省瀋陽市

2011年9月18日、満州事変の発端となった柳条湖事件80周年のこの日、遼寧省瀋陽市では東北3省共催の記念式典が開催された。BBC中国語サイトが伝えた。
式典には副省級、副軍級以上の官僚、軍人28人が出席。また中国中央電視台(CCTV)が式典のもようを中継した。同日、人民日報は「国恥を忘れることなかれ復興に協力しよう=「九一八」八〇周年」と題した社説を掲載。「発展が遅れていたために敵に狙われた」という教訓を踏まえ、経済建設と民族復興に邁進しようと呼びかけた
また、香港メディアの報道によると、式典会場付近では数十人の青年が自発的な集会を開いた。反日スローガンを叫び、尖閣諸島は中国固有の領土であると宣言した後、日本国旗を燃やしたという。(翻訳・編集/KT)
(2011-09-19 08:10:27 配信 Record China)

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中国各地で反日デモ、官の腐敗を訴えたデモ参加者が即時拘束

満州事変の発端となった柳条湖事件(中国名:918事変)から79年目となった18日、北京上海深セン瀋陽市などでは漁船衝突事故および尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題に対する反日デモが行われた。
しかし、反日デモの拡大を懸念した中国当局は厳戒態勢でのぞみ、北京の日本大使館では2000人の公安と武装警察が警備にあたった。
18日9時18分、数百名のデモ参加者たちが日本大使館に集結、「日本は釣魚島から出て行け」、「中国万歳」と叫んだ。しかし、参加者の一人が日本国旗に火をつけようとすると、公安から制止された。参加者からは「邪魔するものは皆、売国奴だ」と公安をののしる声があがったという。
また、政府関係者の汚職を批判するスローガンの書かれたプラカードを掲げたデモ参加者が拘束され、一時騒然となった。一方、上海や深センでもデモが行われたが、公安や武装警察が警備を強化したため、大きな混乱は発生しなかった。(編集担当:畠山栄)
(2010/09/19(日) 10:35 サーチナニュース)

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日本の侵略 研究会開く

中国 柳条湖事件80周年
「近代史、深める必要」 歴史学者ら

【北京=小寺松雄】日本の中国に対する本格的侵略の始まりとなった1931年の柳条湖事件から80周年の18日、中国の歴史研究者らによる「9・18を忘れない」をテーマにした研究会が北京で始まりました。19日まで開かれます。
会議は中国社会科学院近代史研究所が主宰。同科学院や研究所の関係者、国内各大学の研究者、中国共産党党史研究室員ら約60人が参加しています。
近代史研究所の歩平所長は、「柳条湖事件が中国近代史だけでなく、日本や世界にとってどういう位置を占めていたのかを、もっと深める必要がある。とくに日本や世界でどのような研究がされているかにも注目していきたい」とあいさつしました。
18日は、「事件後の中国知識層の認識」(安徽大学・陸発春氏)、「事件後の日本支配層の中国侵略政策」(黒竜江省社会科学院・王希亮氏)、「裕仁天皇と柳条湖事件」(中国共産党党学校・李東朗氏)などのテーマで発表と討論がありました。
李東朗氏は、事件後の日本の対応について「中国共産党と日本共産党が事件後すぐに抗議の共同声明を発表したことなどは、まだまだ中国でも研究されていない。今後、探求していきたい」と語りました。

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柳条湖事件 1931年の「満州事変」の発端となった事件。同年9月18日、日本の関東軍が中国東北部の奉天(現・瀋陽)近郊の柳条湖で南満州鉄道の線路を爆破。関東軍は、これを中国軍の仕業だとして、大規模な侵攻を始めました。
(2011年9月19日(月)「しんぶん赤旗」)

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中国・柳条湖事件80年、若者ら日の丸燃やす

【瀋陽=比嘉清太】満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から80年となった18日、中国遼寧省瀋陽で記念式典が行われ、地元当局の幹部ら約1000人が参加した。
抗日戦争史を伝える「9・18歴史博物館」周辺で、若者ら約20人が一時、日の丸を燃やすなど気勢を上げたが、大きな混乱はなかった。
昨年9月18日は、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の影響で、式典後に若者らが博物館前の大通りなどで「反日」スローガンを叫びながら約500メートルにわたり行進。しかし、今年は、来年の共産党大会日中国交正常化40周年を控え、社会の安定を最重視する中国当局が武装警察官など500人以上を動員。大通りも封鎖して群衆を排除するなど例年以上に警備を強化し、大規模な反日行動に発展しないよう抑え込んだ
(2011年9月18日19時02分 読売新聞)

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中国:柳条湖事件80年…当局警戒の中、記念式典

【北京・成沢健一】満州事変の発端となった柳条湖事件(1931年)から80年を迎えた18日、中国遼寧省瀋陽市で記念式典が開かれた。中国当局はネット上の反日行動の呼びかけを事前に中止させるなど過激化を警戒、抗日戦争から今日までの共産党の功績を強調することに重点を置く姿勢が目立った。
式典は、関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した現場に近い「9・18歴史博物館」で開かれた。昨年までは夜間の開催だったが、今回は午前に変更された。
瀋陽の日本総領事館によると、会場近くに約20人の若者がバイクで乗りつけ、このうちの1人が日の丸に似せた布を燃やしながら「小日本(日本の蔑称)」と叫んだ。また、別の若者が「釣魚島(尖閣諸島)は我が国の領土だ」と書いた横断幕を掲げた。
一方、民間団体がネット上で反日行動への参加を呼びかけたが、当局からの要請で中止となった。式典会場や日本総領事館周辺の警備も例年より強化されたという。
当局が反日行動に対する警戒態勢を強化した背景には、昨秋の中国漁船衝突事件で悪化した双方の国民感情の改善を目指したい思惑がある。さらに、昨秋の反日デモが官僚の腐敗や社会的格差といった不満の表明にエスカレートしたことも、安定を重視する中国指導部が警戒を強めた要因とみられる。
18日付の中国共産党機関紙「人民日報」が1面に掲載した社説も反日のトーンは抑え気味で、「共産党の強固な指導が中国社会の変革と発展を推進したことを歴史は示している」と主張した。
(2011年9月18日 21時34分/最終更新 21時43分 毎日新聞)

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柳条湖事件80周年、駐日記者が語る日本人の反応―中国

満州事変の発端となった柳条湖事件が1931年に発生してから18日で満80年を迎えた。中国各地ではさまざまなイベントが開かれたが、日本国内では満州事変や日中戦争をどう見ているかについて中国広播網が伝えた。
駐日特約記者の黄学清氏は、柳条湖事件に対する日本人の理解について「若者を含めた多くの人が知っているが、日付に深い印象はない」と伝えた。また、対中戦争は日本では敏感な話題になっており、後代への教育について公開討論が行なわれることがないこと、カリキュラムや選択科目によって中学高校での対中戦争教育が不十分であることを紹介した。
日本の若い世代の歴史観については「今の首相が誰であるかや、日本がかつてアメリカと戦争したことを知らない人がいることに驚いた」として、満州事変や日中戦争について関心が低いことを紹介。文学、映画作品でも東南アジア戦を題材にしたものが多い一方で、対中戦を扱ったものが少ないことも伝えた。(編集担当:柳川俊之)
(2011/09/18(日) 21:31 サーチナニュース)

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柳条湖事件から80年 中国各地で記念行事

満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から80年目に当たる18日、同事件の舞台となった遼寧省瀋陽市や吉林省長春市など中国各地で記念行事が開かれた。中国共産党は国民の反日感情を過度にあおる活動を抑え込む姿勢を示しており、大規模なデモなど目立った騒ぎはなかった
各地では発生にちなみ午前9時18分(日本時間同10時18分)にサイレンを鳴らし、抗日戦争の犠牲者を追悼した。共産党機関紙の人民日報は同日「国辱を忘れず、復興へ共に助け合おう」と題する社説を1面に掲載。現地からの報道などによると、瀋陽市ではオートバイに乗った若者の集団が叫びながら日の丸を燃やした。(北京=高橋哲史)
(2011/9/18 20:30 日本経済新聞)

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柳条湖事件から80年 厳戒のなか、中国・瀋陽で式典
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18日、瀋陽の博物館にある柳条湖事件のモニュメントの前で警備にあたる警官ら=ロイター

満州事変のきっかけとなった1931年の柳条湖事件から80年を迎えた18日、中国遼寧省の瀋陽で記念式典があった。一部の若者が日の丸を燃やすなどしたが、付近は厳戒態勢が敷かれ、大きな混乱にはならなかった。胡錦濤(フー・チンタオ)指導部は節目の年に愛国心を高めつつも、社会の不安定化につながる「反日」動きは厳しく抑え込んでいる
事件現場に近い「九・一八歴史博物館」で開かれた式典には、軍人や市民ら約千人が参加。節目の年にあたることから、初めて遼寧、吉林、黒竜江の東北3省が共同で主催した。発生日にちなんだ午前9時18分には、一斉にサイレンが鳴り響いた。
目撃者によると、日の丸を燃やしたのは会場の近くでバイクに乗っていた十数人の若者たち。「小日本(日本の蔑称)」と叫びながら布製の日の丸に火をつけたが、1分ほどで退去させられた。会場周辺には例年の倍以上の警官が配置され、大通りを封鎖。例年あるデモは、今年は起きなかった。北京の日本大使館前でも、治安当局の十数台の車両が警戒にあたった。
(2011年9月18日20時4分 朝日新聞)

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満州事変勃発80周年、東北部各都市で防空サイレン―中国

18日、1931年9月18日に発生し、満州事変の引き金となった柳条湖事件から80周年を迎えた。中国各地では18日を中心に、様々な「9・18事変」記念イベントが開かれた。中国国際放送局が伝えた。
中国東北部・遼寧省瀋陽市では、現地時間午前9時18分より14回の鐘の音とともに防空警報が鳴り渡った。このほか、吉林省長春市黒龍江省ハルピン市でも同日午前に防空警報のサイレンを鳴らした。
長春市では17日に偽満皇宮博物院でセレモニーを開くとともに「日本侵華罪証文物展」を開催。瀋陽市では先日「東北義勇軍記念広場」が落成、抗日義勇軍の代表人物など11名の像が姿を見せた。
山東省青島市では民間収蔵物の展示会が開かれ、当時の日本の「罪証」200点あまりが展示された。北京市でも抗日連合軍に関する貴重文書の展示会がスタートした。(編集担当:柳川俊之)
(2011/09/18(日) 19:40 サーチナニュース)

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中国北東部で反日デモ
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中国北東部で反日デモが行われました。
1931年の満州事変の発端となった柳条湖事件の記念日である18日日曜、中国北東部・遼寧省の省都・瀋陽市の9.18歴史博物館の前で、市民のグループが集まり、反日デモが行われました。
デモ参加者はまた、東シナ海の尖閣諸島の領有権に対する日本の主張を非難しました。
このデモの開催に際し、公安当局は、この博物館に通じる主要道路を封鎖しました。
今年の9月18日は、柳条湖事件80周年に当たります。
(2011年 9月 18日 16:19 /最終更新 17:53 イランラジオ)

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満州事変80周年の集い:中国残留孤児の小原さんと中原さん、強く訴え/高知

◇あの現状を決して忘れない 二度と繰り返さないように
満州事変の発端となった柳条湖事件(1931年9月18日)から80年。中国残留孤児らの当時の体験を聞く講演会「満州事変80周年の集い」が17日、高知市本町5の高知市民図書館であり、高知市在住の小原茂さん(78)と中原民子さん(78)が「あの厳しい現状を決して忘れることはできない。二度と繰り返さないようにお願いします」と強く訴えた。【黄在龍】
高知大人文学部3年の佐々木美鶴さん(20)▽上田隆太郎さん(20)▽高井詠子さん(21)が09年に結成したグループ「EMIRY」が主催。残留孤児問題を風化させないため始めた。
小原さんは8歳の時、両親ときょうだい4人で旧満州へ渡ったが、すぐに母を病気で亡くし、兄と父を軍隊にとられた。父が召集された翌日、突然「避難せよ」という騒動が起きた。開拓団と一緒に、妹(当時10歳)と弟(同7歳)の手を引き、訳も分からず逃げ出したという。逃げていると突然、「頭上を鉄砲の弾がビューッと飛んだ」。流れ弾が隣にいた子ども連れの女性に当たり、大量の血が流れ出た。「子どもは泣き、親は叫び声をあげた。目も開けられない惨状だった」と、涙ながらに振り返る。
避難所にたどり着いても安全はなかった。毎日のようにソ連兵がやってきては、女性らに性的暴行を行った。「なぜこのような悲しみや苦しみを受けなければならなかったのか。すべては戦争の責任だ」と憤る。その後、妹や弟たちは中国人に引き取られて生き別れた。中国人と結婚した小原さんは60歳の時、ようやく永住帰国が認められ、日本で住むことができるようになった。しかし、帰国後は慣れない文化や言葉の壁、周りからは差別を受け、自律神経失調症になってしまった。「日本政府は、どうして私たちを40年以上も放置したのか。もっと早めに帰国させてくれれば。もっと若い時に日本に帰っていれば」と、小原さんは言葉を詰まらせた。
会場を訪れていた同じく残留孤児として約50年間、中国で過ごした高知市横浜新町の女性(67)は「私の周りでも多くの残留孤児が日本で差別を受けていた。一刻も早く、こうした事実を若い世代に伝えてほしい」と話していた。
(2011年9月18日 毎日新聞 地方版)

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人民日報が「国辱忘れるな」と社説 柳条湖事件80年

18日付の中国共産党機関紙、人民日報は満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から80年を迎え「国辱を忘れず、共に助け合い復興を」と題する社説を掲載した。
社説は、同事件を「日本帝国主義が意図的に中国を侵略した大事件」と位置付け「この事件が中華民族による抗日の怒りの渦を起こした」と指摘。抗日戦争で中国が勝利したと強調し「中国共産党の強固な指導は中国社会の変革と発展、進歩を基本的に保証する」と主張した。
さらに「立ち遅れれば攻められる」というのが歴史の教訓だとした上で「力を集中して中国の実力を上げていかなければならない」と強大な国をつくる必要を訴えた。(共同)
(2011.9.18 15:51 MSN産経ニュース)

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瀋陽の柳条湖事件式典 若者が日の丸燃やす 

満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から80年を迎えた18日午前、事件が起きた遼寧省瀋陽市の「九・一八歴史博物館」で記念式典が行われた。会場周辺では、オートバイに乗った30人近い若者グループが「小日本(日本の蔑称)」と叫びながら日の丸を燃やすなど反日行動を行った。
式典開始前には「釣魚島(尖閣諸島)はわが国固有の領土だ」との旗を掲げた車両数台が会場周辺を通行。市内の日本総領事館前でも、中国国旗を持った中国人が「侵略戦争の歴史をゆがめるな」などと叫んだ。
沖縄県・尖閣諸島付近での中国漁船衝突事件で日中関係が悪化していた昨年も、日の丸が燃やされるなどした。この日は大きな混乱はなかったが、地元当局は不測の事態に備え、博物館前の大通りを封鎖するなど厳戒態勢を敷いたほか、総領事館前を警備した。
今年は80年の節目に当たることから、例年夜に行われていた式典を「教育・宣伝効果を高めるため」(中国メディア)午前に変更し、遼寧、吉林、黒竜江の東北3省が初めて共同で主催。軍関係者や市民ら約千人が参加し、3省の幹部らが「国辱を忘れるな」と記された鐘を鳴らした。
3省では、発生日にちなんだ午前9時18分(日本時間同10時18分)にサイレンを鳴らすなどして抗日戦争の犠牲者を追悼。吉林省長春市でも、市民ら約千人が参加した記念行事が行われた。(共同)
(2011年9月18日 15:50 スポニチ)

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中国・瀋陽市で若者、柳条湖事件式典で日の丸燃やす
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満州事変の発端となった柳条湖事件から80年を迎えた18日、中国・瀋陽市の歴史博物館で記念式典があり、会場周辺で若者グループが日の丸を燃やすなど反日行動も。写真は会場で手を取り合う老人。(情報提供:共同通信社)
(2011/09/18(日) 14:53 サーチナニュース)

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「九・一八事変」80周年、人民日報が社説を発表

今月の18日は「九・一八事変」の80周年に当たります。中国の新聞「人民日報」はこの日に社説を発表し、「国辱を忘れず、共同で祖国の復興に努力しよう」と国民に呼びかけました。
社説は「80年前に起きた旧日本軍による『九・一八事変』は中華民族の抗日運動を激発させた。これは、中華民族が民族の独立と人民の解放を求める自信と能力を表したばかりでなく、中華民族が偉大な復興の過程で全国民の自覚を実現させた転換点を示している」と指摘しました。
また、「歴史は中国共産党の確固たる指導が中国社会の変革と発展、進歩を推進するための根本的な保証であることをはっきりと示している。中華民族の子孫は団結を固め、民族の精神を発揚し、民族の偉大な復興を推進する巨大な力となるに違いない」と示しました。
さらに、「今、中国の現代化建設は各国の注目を集めるほどの成果を挙げ、中華民族の様相も歴史的な変化を起こした。中国人民は国家の富強と人民の幸福という目標と、民族の復興を実現させる中国の特色ある社会主義の道を見つけた」とし、この道を歩む国民は発展という第一の急務を堅持し、共に中国の実力を向上させ、富強と民主、文明、調和のとれた新たなイメージを持つ中華民族が世界の東方に立てるよう努力するよう呼びかけました。(万、吉野)
(2011-09-18 13:11:34 中国国際放送)

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柳条湖事件

柳条湖事件 1931年の満州事変(中国名「九・一八事変」)の発端となった事件。同年9月18日、日本の関東軍は、中国軍が同国東北部の奉天(現在の遼寧省瀋陽)の柳条湖付近で南満州鉄道の線路を爆破したとして攻撃を開始した。2010年の「日中歴史共同研究」報告書によると、中国側研究者は「関東軍が中国東北地区を侵略するため発動した」とし、日本側研究者も関東軍による「謀略」と明記した。中国各地では毎年、9月18日、防空警報を鳴らし、「国の恥を忘れるな」と呼び掛ける。(瀋陽時事)
(2011/09/18-11:50 時事通信)

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柳条湖事件80年の日本と中国 「等身大」の相互理解深めたい

日本と中国との関係が安定しない。
経済的に相互依存関係を深め、文化や人の交流もかつてなく活発なのに、一つ外交問題が起きれば、そのたびに双方の国民感情全体が悪化するという悪循環が続いている。
折しも18日は、1931年に旧日本軍が満州事変の発端となった「柳条湖事件」を起こした日である。
以来80年。日中戦争、新中国建国、日中国交正常化、中国の発展-と長い曲折を経て両国はいま、歴史上初めて「大国同士」として相対している。
21世紀は「アジアの世紀」と言われる。核となるのは日本と中国だ。
柳条湖15 件事件から80年の節目に、歴史を謙虚に振り返りつつ、未来に向けた建設的な両国関係を考えてみたい。
     ◇     ◇
日中の民間団体が今年、両国民を対象に共同世論調査を行った。相手国に「良くない印象を持っている」人の割合は日本で78%、中国で66%。調査開始以来、最悪だった。
両国民の「反日」「嫌中」感情は、日中戦争を経験していない若者たちに色濃いといわれる。これは見過ごせない。憂慮すべき事態である。
思えば、日中関係が冷え込んだのは、天安門事件や江沢民国家主席の強い対日姿勢、小泉純一郎首相の靖国神社参拝など政治や外交の摩擦が主な原因だ。「政冷経熱」との言葉が世界でも特殊な2国間関係を象徴している。
この間、両国の政治が関係修復に努力しなかったわけではない。
村山富市首相は戦後50年談話で、先の戦争について「痛切な反省と心からのおわび」を表明した。胡錦濤政権は「対日重視」を打ち出し、08年の日中共同声明では「戦後日本の平和国家としての歩み」を初めて積極評価した。
中国政府として歴史問題に一定の整理をつけた意義は小さくない。だが、両国民には十分認識されていない。問題の根が深いからだろう。
一方、政治以外の分野に目を転じると両国の交流は実に目覚ましい。
昨年、日中貿易額は前年比3割増で3千億ドルを突破した。日本の貿易相手国別では対中が20・7%と対米をしのぐトップ。中国内の日系企業は2万社を超える。年間377万人が訪中し141万人が訪日した。日本で学ぶ中国人留学生は8万6千人に上る。ビジネスや留学で中国に滞在する日本人は12万人余りで、いずれも増加し続ける。
日本では、いま「中国の成長の取り込み」が、大企業はもちろん地方の経済界や自治体でも共通目標だ。
本来、経済関係や交流が深まれば互いに親近感が増しておかしくない。なのに日中では逆に悪化している。
     ◇     ◇
なぜか。主たる要因は中国側だ。
毒入りギョーザ事件、新幹線技術の国際特許手続きや高速鉄道事故の処理などは、政府の基本姿勢や統治能力に不信を抱かせた。昨年の尖閣諸島沖中国船衝突事件での高圧的対応や、レアアース(希土類)輸出制限は、日本世論を大いに逆なでした。
領有権や海洋権益での強硬姿勢の背景に、軍の影響がありはしないか。空母を保有するなど軍事力の増強は、東南アジア諸国にも共通の不安材料となっている。日本の「防衛白書」が強い懸念を示したのは当然だろう。
対する日本側は、外交トラブルへの危機管理が不十分で首脳間や政治家同士のパイプも弱かった。結果として火種を初期消火できずに燃え上がらせ、国民感情を刺激したといえる。
気になるのは一連の相互不信の底流で、中国側に過剰な「大国意識」が、日本側にはそれに対する「警戒心」の高まりが感じられることだ。
何か起こるたびに内向きのナショナリズムが衝突するような事態は、共に避けなければならない。改善の方策は各方面から指摘されている。
中国は世界第2位の経済大国になった。多少は度量を持ち、国際ルールを尊重し世界と協調して歩む姿勢を具体的に示すべきだ。格差や腐敗など矛盾も抱え、国内安定には経済成長が欠かせない。成長維持には平和的な周辺環境が必須条件のはずである。
日本も冷静になろう。「東アジアの政治経済の安定」という目標は日中とも共有する。日米同盟を堅持し、安保問題に粛々と対応しつつ、中国が大国にふさわしい責任を果たすよう他の国々と結束して促すことだ。
そのためにも政府や政治家同士が対話を深め、人的パイプや緊急連絡システムの構築を急いでほしい。
     ◇     ◇
変化の芽はないではない。東日本大震災では、被災者の秩序ある行動や中国人実習生を避難させた後犠牲になった日本人が中国でも話題となった。
とかく日本のマイナス面を強調しがちな中国メディアがプラス面も報道するのは、半歩前進といえる。同様に日本メディアも、色眼鏡をかけない中国報道をより心掛けたい。
16日夜、北京で開かれた人気グループSMAPのコンサートは、中国の若者らで盛況だった。テーマに掲げた「アジアは一つ」に異論はあるまい。
多様な交流や「等身大」の相互理解は相互信頼につながる。信頼関係やパイプがあれば不測の問題が発生しても沈静化できる。それは、一筋縄でいかない日中関係にも通じるはずだ。
=2011/09/18付 西日本新聞朝刊=
(2011年9月18日 10:47 西日本新聞)




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